関田誠大スパイク練習しているの?身長や最高到達点とプロフィールも!

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バレーボール男子が2024年パリオリンピック出場を自力で決めました。

2023年10月7日(土)対スロベニア戦で、セッターの関田誠大選手がスパイクを決めました。

大興奮で観ていましたが、関田誠大選手が今日のMVPと言われていました。

この記事では、関田誠大選手について深堀したいと思います。

この記事でわかること

・関田誠大はスパイク練習しているの?

・関田誠大の身長は?

・関田誠大の最高到達点は?

・関田誠大のプロフィール

・関田誠大と藤田直信

をご紹介します。

関田誠大はスパイク練習しているの?

関田誠大は普段の練習でスパイク練習はしていません。

2023年10月7日(土)東京代々木第1体育館で、パリオリンピック予選兼ワールドカップ対スロベニア戦でセッターの関田誠大選手がスパイクを決めました。

あっと驚くスパイクだった。第3セット、14-14で迎えた場面。ラリーから相手セッターが上げたトスがミスになり、ネット際にいた関田が飛んだ。ネットを越えたボールにダイレクトで豪快に右腕を振り抜き、コートに叩きつけた。重要な局面でセッターがスパイクを決め、会場を驚かせた。

引用元:YAHOO!JAPANニュース

これには、ファンも「セッターがスパイクを決めるのを初めてみた」「これは痺れた」「あれは男でもホレる」とネットもざわつきました。

実は、この試合で関田誠大選手は平均身長202cmのスロベニアのチェブリのスパイクを、ブロックしています。

身長差は27cm?! この身長差でもタイミングが合えば、止めることができるのですね。

タイミングも手の出し方もお手本のようだと解説されていました。

そして5点差を追い上げたとき、サービスエースも決めています。

本当にスロベニア戦のMVP大活躍ですね。

関田誠大の身長は?

関田誠大の身長は175cmです。

170cm以上あれば、日本人の男子であれば平均的な身長かと思われますが、バレーボール選手となれば話は別ですよね。

テレビの中には、ほかの選手と比べると関田誠大の身長はひときわ小ささが目立っています。

日本男子バレー選手の身長をご紹介します。

・麻野堅斗:206cm

・佐藤駿一郎:205cm

・山内晶大:204cm

・小野寺太志:202cm

・髙橋健太郎:201cm

・甲斐優斗:200cm

・石川祐希:192cm

あの背が高いと思っていた石川祐希選手が、200cmに到達していないです。

関田誠大選手がスパイクをブロックしたスロベニアのチェブリが202cmでしたが、日本の麻野堅斗選手は206cmで4cmも高いのですね。

リベロの山本智大選手は、関田誠大選手よりも低い171cmでした。

周りでプレーしている選手が、恐ろしく背が高いのです。

関田誠大の最高到達点は?

関田誠大選手の最高到達点は、324cmです。

男子バレーボール日本代表での最高到達点№1は身長189cm福澤達哉選手の355cmです。

上には上がいて、キューバ代表のロベルトランディー・シモンは身長が206cmで最高到達点が384cm

の記録を持っています。

人間って、そんなに飛べるものなんですね。

関田誠大選手の最高到達点もスゴイ記録です。

関田誠大のプロフィール

関田誠大のプロフィールをご紹介します。

名前:関田誠大(せきたまさひろ)

生年月日:1993年11月20

年齢:29歳(2023年10月現在)

出身地:東京都江東区

身長:175cm

体重:71kg

血液型:B型

背番号:12

愛称:ゴリポン・セキタ 

所属:ジェイテクトSTINGS 

小学1年生から姉の影響で東金町ビーバーズでバレーボールを始めました。

東洋高等学校バレー部では1年生からレギュラーでポジションはセッターでした。

やっぱり高校生のときからセッター関田の原型は、出来上がっていたのですね。

中央大学では、4年生のときに主将を務めました。

「ミキプルーンスーパーカレッジバレー2015全日本大学選手権」では最優秀選手賞を獲得しました。

卒業後もパナソニックパンサーズ・堺ブレイザーズ・クプルムルピン・ジェイテクトSTINGSで活躍しました。

バレーボ-ル歴が長いですよね。

ここまで続けて活躍して日本代表にも選出される選手になるのは、努力があったからこそですね。

関田誠大と藤田直伸

関田誠大と藤田直伸さんは、同じセッターとして東京オリンピックを戦った仲間です。

スロベニア戦に勝利して、インタビューに向かった関田誠大選手は、背番号3の藤田直伸さんのユニフォームを着て登場しました。

藤田直伸さんは、2023年3月に胃がんで亡くなりました。

「ほんとにしんどかったですし、藤井さんがいたかった場所に、自分もここに立って、頑張ろうと思って戦った結果、皆さん助けてくれた。支え合っていけた結果が出たので本当によかった」と関田誠大選手は語りました。

バレーボールが大好きだった藤田直伸さん。

身長がほかの国と比べて低い日本の戦い方が早いとスト早いスパイクなんだそうです。

セッターの藤田直伸さんは、速いトスを上げるために「練習ノート」を書いていたそうです。

藤田直伸さんも、このチームを作ったひとりなのです。

選手たちは、いっしょに戦いの場に立っている感覚だったのでしょう。

同じセッターの関田誠大選手はより強く感じるものがあると思います。

これからも2024年のパリオリンピックへの道は藤田直伸さんといっしょに進んで行くのでしょう。

まとめ

関田誠大はスパイク練習をしているのか?身長、最高到達点、プロフィールをご紹介しました。

関田誠大選手と藤田直伸さんの絆をご紹介しました。

きっと藤田直伸さんは喜んでいると思います。

いっしょにパリに行くのではないでしょうか?

これからも関田誠大さんの活躍を期待します。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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